尾形 信
【PROFILE】
OGATA MAKOTO
昭和32年4月8日生まれ
北海道遠軽町出身
学生時代は競技スキーに打ち込み、22歳の時に三浦雄一郎&スノードルフィンに入門。プロレーサーとして活動し、同時に雑誌・TV・ビデオなどたくさんのメディアで華麗な滑りを披露。その後、カムイ校の校長、テイネ校の副校長を経て、独立。多くのフリースキーヤー誕生に多大なる影響を及ぼしてきた。夏はシーカヤックガイドや子供キャンプなど、アウトドア全般のプロフェッショナルとしても活躍している。
Information
三浦雄一郎&スノードルフィン
スキースクールカムイ校
パウダーツアー、コブレッスンなどスキーがもっと楽しくなるスキースクール!
≪おすすめプラン≫
★カムイパウダーコースガイド
2時間 7,000円
4時間 10,000円
カムイスキーリンクス
北緯44°に位置し雪質抜群!
道北エリア最大規模のバリエーション豊かな滑り応えのあるゲレンデです。
シーカヤックガイド&スクール
遊人館
尾形さんが代表を務めるシーカヤックガイド&スクールです。
シーカヤックの目線は海抜0メートル!海からしか見れない絶景をお楽しみ下さい。
◆絶景!青の洞窟ツアー◆
塩谷海岸から約2km程先にある通称”青の洞窟”と呼ばれている洞窟を探検するツアー。シーカヤック初心者の方、女性、お子様でも安心して参加頂けるツアーになっています。
■「フリースキー」の原点は「自然」の中の遊び。
昭和32年4月8日、尾形信は、北海道の東部の遠軽町に尾形家の男四兄弟三男として産声を上げた。スキーとの出会いは「自然」だった。幼い頃から堤防の土手を登っては滑り、家の屋根をハーフパイプのようにして遊んでみたり、川越えをしてみたりと、今で言う「フリースキー」のようなことを、一番楽しい遊びとして親しんでいた。小学校4年生からは剣道を始め、夏は剣道、冬はスキーというサイクルで心身を育んでいった。
運動神経は抜群で、どんなスポーツも器用にこなす天才肌。しかし、飽きっぽくマイペースな性格でスキーと剣道を行ったり来たりする学生時代を送ることとなる。スキーがやりたくて入った旭川の高校では、先輩とケンカしてスキー部を退部し剣道部へ。剣道の成績を買われて推薦入学した宮城の大学では、剣道部に入らずにスキー部に。尾形がスキーにたっぷりと情熱を注ぎ込むようになったのは、大学生になってからだった。
■「新谷暁生」「三浦雄一郎」との出会い。
毎年、大学のスキー部は、ニセコモイワスキー場の「ウッドペッカーズ」というペンションに合宿して練習をしていた。この「ウッドペッカーズ」のオーナーが現在ニセコの雪崩啓蒙活動やさまざまな冒険で有名な新谷暁生である。新谷は三浦雄一郎のアコンカグア遠征をサポートしたことがあり、親交が深かった。尾形は、大学で専攻した社会体育で野外教育などを学び、教師の資格を取得。就職先も決まっていた。しかし、どこかに迷いがあり、それを払拭できずにいた。
そこで新谷は尾形に、三浦雄一郎のところで子供のキャンプの手伝いをやってみないかと声をかけた。
剣道で成績を出す一方で、冬になると、かならず自分を雪の上に導いたもの。それは、幼い頃からずっと心に抱き続けているスキーへの憧れだった。新谷によって導かれた三浦雄一郎との出会いが、人生を変える大きな選択になろうとは、この時まだ知る由もなかった。
■見る者を魅了する尾形のスキースタイル。
当時のスノードルフィンズは三浦雄一郎に憧れていた若者が全国から集まり、底知れない情熱を持った仲間たちが揃う。その個性的なスキーヤーの中で、尾形が徹底的にこだわったものは「スピード」だった。コブやパウダーでも、強く踏み込んで、スキー板を走らせる攻撃的な滑り。そのスキースタイルは華麗で、見る者すべてを魅了した。
■後輩たちの個性を見極め、伸びる方向へ導く。
三浦雄一郎&スノードルフィンスキースクールカムイ校の立ち上げと共に、尾形は校長に抜擢されて旭川へ移ると、そこで、多くの若手に三浦イズムを誰よりも忠実に伝えていった。その後、いったんテイネへ戻り、ベテランとして多くの若手を伸ばした時代を経て、2008年から本拠地を再びカムイへ移すこととなる。慣れ親しんだテイネ校の副校長という役職を返上して、スノードルフィンの看板をもらい、独立して新たなスクールを始めたのだ。
■「いくつになってもスキーは楽しいもの」
カムイの大自然の中で尾形さんは私たちに笑顔でこう話してくれた。
その言葉の通り、同スクールでは冬休みに年長から小学生までを対象に『子ども雪の教室』を開催し、多くの子供たちにスキーの楽しさを伝える一方、テレマークスキーやパウダーコースガイドなどのプログラムには幅広い世代の受講者が集まり、尾形さんのもとでみんなスキーの楽しさに興じている。
その華麗なスキースタイルと飾らない人柄が多くのスキーヤーを惹きつけ、そして、これからもきっと、私たちがまだ知らないスキーの楽しさを尾形さんは教えてくれることだろう。