井山 敬介
-Keisuke Iyama-
強いときも弱いときも
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今シーズンに入ってすぐにギターを買った。
フォークギター。
近所のリサイクルショップで。
値段が安かったわりには音が良い。
僕が幼い頃はいつも父が家でギターを弾いていた。中学生になったときに初めてギターを買ってもらった。弟と仲良く使えよ、と言われ与えられたギターは真っ赤なエレキギターだった。
今から約17年前だ。ロックやロカビリーにどっぷりはまっていた。もちろん髪型は中学生ながらにポマードをたっぷりと手に取りリーゼントをきめていた。
実家の目の前が床屋ということもあって髪型には自分なりのポリシーがあったのかもしれない。中学生のやる音楽だからそりゃあひどいもんだったが、それなりに仲間と一緒に楽しんでいた。
とにかく遊び、音楽、そしてスキーも学校の授業も何をやるにしても楽しむことが一番だったあの頃。30歳になった今でも想い出すと懐かしくてそのときの自分がうらやましく思う。
あの頃は大人が大嫌いでもっともっと自由がほしかった。ただ真っすぐに好きなことをやっていた。好きになった子もいたけど仲間と一緒にいる時間がたまらなく好きだった。
中学生という年代はいわゆる思春期。毎日刺激がたっぷりで吸収力がものすごかった。現代の中学生がどんな毎日をすごしているのかはわからないが、30歳になった僕は今の中学生にどう接したらよいのかわからなかった。
3月に八方尾根で行なわれた、全日本スキー技術選手権大会。
僕たち北海道選手団の宿泊先「大向旅館」に中学生になる少年がいた。
名前は何かの縁なのか「けいすけ」。
大向旅館の女将さん、けいすけ君のお母さんの名前は「ゆうこ」さん。ちなみにこちらも何かの縁なのか、僕の母の名前も「祐子」。ふたりの〝ゆうこ〞さんの息子の名前は〝けいすけ〞。
大向旅館の〝けいすけ〞はもちろんスキーヤー。女将さんに言わせれば、大向旅館の〝けいすけ〞は「やんちゃで困るのよう~」だそうだ。だが「困るのよう~」と言う女将さんの顔はほとんど困っていない。むしろ子供の成長を喜んでいるようにも感じる。
中学生はやんちゃで良い。やんちゃじゃなきゃいけないということはないけれど、自分自身をしっかりと持って好きなことをお腹いっぱいにやって、とにかく全力で今しかできないことをやればいい。大人が嫌いでもいい。自由を求めたっていい。
自分自身を持たないで中途半端でいるよりはよっぽど。
僕はそんなことを感じながら女将さんと息子のけいすけ君のやりとりを見ていた。僕の息子はまだ3歳。どんなやつになっていくのだろう。きっとやんちゃをやるんだろうな、そんな気がする。
子供は親を見て育つというから気合いを入れていこう。自分の感受性くらい自分でしっかりとコントロールしてくれればそれでいい。
僕の職業はスキーヤーである。
ギタリストでも音楽家でもないが先日ギターを買った。理由もクソもない。ただギターが好きだから。好きなことを思いっきりやること。思いっきり楽しむこと。まだまだ30歳。やりたいことだらけだ。
父親として、夫として、プロスキーヤーとして。人生はけっして順風満帆とはいかない。だからおもしろい。良いときもあればダメなきもある。楽しいときもあればつらいときもある。怒るときもあれば笑うときもある。勝つときもあれば負けるときもある。人生はだからおもしろい。人生をえらそうに語れるほど生きてはいないが今しかできないことをやりたくてしょうがない。
3月に行なわれた全日本スキー技術選手権大会。僕は準優勝。負けてしまった悔しい気持ちはあふれるほど僕のなかでぐるぐるとまわっている。
大会が終了し3歳になる息子に「ごめん、お父さん負けたよ」と言うと、小さいな身体で僕を抱きしめ、その小さな手の平で背中を二回やさしくたたいてくれて「大丈夫。また勝てるさ」と言ってくれた。
強いときも弱いときも自分自身をしっかりと持って全力で好きなことに打ち込もう。
僕はスキーが大好きで、技術選が大好きだ。両親、兄弟、そして妻の敏絵と息子の煌琉。僕は家族が大好きだ。愛している。
今を全力で生きよう。
この原稿は八方からの帰りのフェリーの中で書いている。約一カ月ぶりのわが家だ。旅は帰る家があるから旅に出る、ということを聞いたことがある。
どんな旅でも帰るときは出発のときとは少し違うわくわく感がある。早く妻の手料理が食べたい。早く自分のベットで寝たい。そして値段の安いわりには音が良いギターを全力で鳴らしたい。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2009年6月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
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