井山 敬介
-Keisuke Iyama-
サムライを超えたスーパースター
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「ヨボセヨ~!」。
携帯電話の通話ボタンを押すと聞こえてくる異常なテンションでの「ヨボセヨ~!」。韓国の友人ではなく純粋な日本人で生粋の道産子、佐々木明である。それに対して僕は、純粋な日本人で生粋の道産子なのに「へロぉ~~」とどんなジェントルメンなアメリカ人よりも落ち着いたテンションでかましてやる。
いつもそんな感じで電話をしてきてくれるアキラ。本当かどうかは定かではないが、昼寝しそうになってこのままだったら寝てしまうからと電話を手にしたんだというときだったり、帰国して時差ぼけで朝早く起きてしまってどこかのファミレスで朝ごはんを食べ終わったというときだったり。ときには海外から。でも、電話を切るときには決まって「長電話してる暇ないんだわ。ごめんね」って。思いっきり笑ってしまう。おまえから電話してきたんだろ! って。
そんな電話を忘れた頃にかけてくれるから佐々木明はお洒落である。まったく楽しい奴である。
佐々木明。
僕は勝手に親友だと思っている。昨年の秋に中国の室内スキー場に一緒に行こうとアキラが誘ってくれた。陸上トレーニングの環境もばっちりだし、迷うことなく僕は良いね~! テンション上がるね~っていつもどおり電話を切った。
しかし中国へ出発の一週間前のことである。僕に悪夢が襲ってきたのかと正直思った。いや襲ってきたのだった。
さあどうするか? まずはケガを治して、いやいや治すことは当たり前のことで。さあどうするか? といくら考えても答なんて出てこない。はっきり言ってこの状況はかなりやばい。
これって本当なのか? なんて思ったりもして、焦っちゃいけないということは、わかっちゃいるけどやめられなくて。ここが病院のベッドの上ってことが信じられなくて。何もかもが嘘であってほしくて……。
「井山君、一級品のケガだよ」って先生に言われたが、どうせケガをするなら一級品のケガだぜ!ってそんな気合いは残念ながら僕は持ち合わせていなかった。一級品のケガだけに一級品に落ち込んで、悩んで、考えて、神様に真剣にお願いをした。
ケガをしてしまった。
足首のケガ。右足首。陸トレ中に足首をひねってしまった。先生がレントゲンを見ながら、足首の骨の模型を手に持って僕に説明してくれた。「場合によってはね、ここの骨を切ってね」んっ? 骨を切ってって何と言うことを言うんですか先生は。いやいや冗談じゃないですよ。
勘弁してくださいよ。その言葉を聞き僕は先生の声が聞こえなくなっていった。気がつくと「まずは手術してみないとわかりませんけどね。最悪の場合はそうなります」と。神様に真剣にお願いしたおかげか、最悪の状況だけはまぬがれた。
でも良い感じに包帯ぐるぐる巻きの僕の右足。こうなったら気合いで治すぞっ!て言って治ってくれたらこっちのもんだが、そんな簡単にいくわけがない。
アキラとの「中国スキー合宿」という名のスキー旅行はキャンセルせざるを得えない状況だった。僕はアキラに電話をかけた。いつものテンションで電話に出たアキラ。「なしたのさ?」といつもと違った僕にアキラが言う。
「ケガした」と僕。ひととおりケガの内容を説明し中国へは行けないと僕はアキラに言った。
すると「ケガは治るから! 大丈夫だって! 俺だってケガしてるしね!」と笑い飛ばすアキラ。
あいかわらずナイスガイである。その後、術後や患部によく効くサプリメントや治療法、リハビリの方法やトレーニングの方法を、ケガ人の先輩としてていねいに教えてくれた。一気にテンションが上がる。目の前がパーっと明るくなっていった。
それから毎日「どうだい?」といつものテンションで電話をくれた。本当に助かった。
「イヤ~マン! 技術選前に、俺がオリンピックでケガをしたってここまでやれるんだってとこ見せてやるから!」とアキラにしか言えないセリフを直球で投げ込んできたときもあった。
シーズンイン直前ということもあり、ケガをして今シーズンは本当に大丈夫なのかと、そのときは心の底からつらかったから涙が出るくらいにうれしかった。自分もケガをして本当はつらいはずなのに、本当に強い男だと思った。
おかげさまで無事にシーズンを終えることができ、ゴールデンウィーク前にアキラと気の合う仲間たちと札幌で食事をした。
乾杯のときに「来シーズンは負けんなよ!」とアキラが言ってきたから、僕も「お前もな!」って言ってやろうとした。すると、アキラは自分から「お前もな、でしょ!」と憎いセリフ。
スーパースターになる男は本当の優しさを持っている。優しさを持っているということは自分自身が強いからである。アキラが世界を取る日はそう遠くない。
彼はスーパースターなのだから。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2010年8月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
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