井山 敬介
-Keisuke Iyama-
勝負の世界
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11月、僕は雪上トレーニングを行なうために、オーストリア・ゼルデンに来ていた。おかげ様で天候にも恵まれ、とても良い条件でトレーニングをすることができた。11月と言えば、アルペンスキー・ワールドカップ男子スラロームの開幕戦が行なわれる。
毎年、この開幕戦は楽しみにしている。今シーズンは誰が活躍するのか? 今シーズンこそ日本人の初優勝が見られるか! と、シーズンをとおしてワールドカップを楽しむためにはとても大切なレースだ。34歳になってもいまだに少年のようにいつもワクワクして観ている。もちろん、日本人選手を一番に応援し、その活躍に期待しながら観戦している。その日は日曜日ということもあり、トレーニングは休みだった。僕は宿泊しているホテルの部屋のテレビで観ていた。
2012/13シーズンの男子スラローム開幕戦に、佐々木明選手の姿はなかった。彼は開幕戦の行なわれるフィンランド・レヴィにいて「開幕戦出場」という、残されたわずかなチャンスをつかみ取るために準備をしていた。佐々木明のいない開幕戦を見るのは久しぶりだ。いったいいつ以来だろうか? 体調を崩したわけでもなく、ケガをしたわけでもなく、トレーニングでのタイムが悪かったわけでもなかったが、彼に開幕戦への切符は与えられなかった。
レースの前日に彼の携帯に連絡をした。思ったよりも落ち込んでいない彼の声に僕は少しだけ安心した。出場できない悔しさを力に変えようとしている、そんな感じだった。いつもより力強かった気がする。さすがだ。本当に強い男だなとあらためて感心した。
昨シーズンの佐々木明の成績は、ナショナルチームに選ばれるにはけっして充分とは言えないが、何とか結果は残したように思う。世界ランキングでは50位につけ、湯浅直樹選手に次ぐ日本人2番手となるポイントにもかかわらず、チームから外れた。
その背景には、2014年のソチ五輪でメダルを獲得できる選手を育成するために、若い選手にチャンスを与え、資金を充てるという方針があったようだ。ここ数年、日本チームのリーダーとしてチームを引っ張ってきた彼にとっては、つらい試練になった。彼は「こんな成績じゃしようがないよ」とあくまで前向きにとらえていた。
日本チームから外れた今シーズンは、すべて自費で海外を転戦している。陸続きのヨーロッパでの移動は自ら車を運転し、長いときには900㌔近い距離を運転していくこともあるそうだ。雪上トレーニングは日本チームに交じってやらせてもらっているが、夏のニュージーランドでの遠征では、経費削減のために滞在先は知人の家に泊めてもらっていた。
僕も同じ時期にニュージーランドにいたので、彼の滞在する家に遊びに行った。彼が寝泊まりしていたのは、笑えるぐらい狭くて、ベッドを置くとドアの開け閉めも困難になるほどの狭い部屋だった。正直、すごいなと思った。彼は「まさに、ハングリー精神だよね!」と僕に笑顔で話していた。そんな彼からはまったくと言っていいほど、マイナスのオーラは感じられず、むしろ与えられた環境を楽しんでいるかのようにも見えた。
「日本チームとともにトレーニングができることに本当に感謝している。湯浅が俺を受け入れてくれたことにも本当に感謝している。今は、自分のできることを精一杯やるだけだ」と話し、これだけ環境が変わっても、けっしてぶれることなく、真摯に真っ直ぐに自分の夢と目標に向かう彼の姿勢に、僕は心を打たれた。
そして、ワールドカップのひとつ下のカテゴリーとなるヨーロッパカップで結果を残し、ワールドカップ第2戦の出場権を勝ち取った。「自分のためにもチームのためにもワールドカップでしっかりと結果を残します」と、第2戦の出場が決まったときにスポンサーや関係者にメールを送った。
結果は、2本目に進出することができなかったが、その滑りからは今まで以上の強さを感じた。
ワールドカップで日本代表として戦う権利を得るだけでも困難な状況のなかで、今シーズンは戦っていかなければいけない。だが、逆境に強い彼ならかならずやってくれるだろう。北海道にいる僕たち仲間は、ソチ五輪で彼が活躍するのを誰も疑っていない。現在の環境を困難と取るか、チャンスと取るか。どちらにしてもすべては“結果”という強いもので彼は証明してくれるだろう。
少しだけ気が早いけれどソチ五輪の詳細を調べてみる。旅費の積み立てを始めるかと仲間内で話をしている。
彼も、僕らも、誰ひとりあきらめていない。だって、佐々木明なのだから。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2013年2月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
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