井山 敬介
-Keisuke Iyama-
きっかけ
ARTICLES
初めてのスキーは3歳のとき。生まれ育ったのが富良野だったということと、スキー好きの父親の影響が大きかった。3歳のときの記憶なんてないに等しいが、とにかく寒かったということは覚えている。
ゴールデンウィークに富良野に帰った。久しぶりの富良野はやっぱり良かった。弟家族も帰って来ていて、息子も従兄弟たちと一緒にはしゃいで楽しそうだったし、両親も孫たちに囲まれ笑顔が絶えなかった。桜は満開ではなかったけれどきれいに咲いている。
夕食のとき、僕が初めてスキーをしたときの話になった。父がその時の苦労話を始める。「富良野スキー場は混んでいて危ないから、近くの南富良野スキー場まで連れて行った」。それを聞いて、初めてスキーをしたのが富良野スキー場ではないことを、初めて知った。たいした問題ではないけれどびっくりした。僕のなかでは、井山敬介の初スキーは富良野スキー場だったからだ。いやいや3歳のときの記憶なんて、本当にないに等しいなと実感した。
小学校に入学するまでは父と一緒に滑っていたが、入学してからは地元の少年団の仲間と一緒に滑ることが多くなった。平日はナイター練習に出かけ、週末は大会。大会にはいつも父と母が、たまに祖父と祖母が、僕と2歳下の弟を連れて行ってくれた。父が、大会前日に塗ったワックスを朝早くから剥がし、「早く起きろ!朝飯食わないと力が出ないから、早く食って用意しろ!」と言っている姿を今でも憶えている。
まちがいなく、大会に出場する僕たちよりも父のほうが気合いが入っていた。大会で失敗しても父に怒られることはなかった。そんな大会の帰りは決まって、「大丈夫だ!次がある!」と車の中で言ってくれた。今考えると、父はそうやって自分に言い聞かせていたのかもしれない。
しかし、練習をさぼると頭にツノでも生えたのかっていうくらいの勢いで怒った。父は「とにかく滑りなさい」という人だった。約4時間弱のナイター練習が終わったあとも、「滑りに行くぞ!」と誘われる。僕は「嫌だ」と丁重にお断りする。すると「歩いて帰れ!」と言われてしまう。一緒に来ていた父の友人に「相変わらず父さんおっかないなぁ、がんばって滑れ~」と優しく声をかけてもらっても、無理なものは無理で駄目なものは駄目なのだ。無理矢理すぎる父に怒った僕は、歩いて帰ったこともある。
本当に帰ってしまった息子にびっくりした父は、スキー板を担いで歩いている僕を車で拾う。そして、車の中で「本当に歩いて帰る奴がいるか!」とまた怒られる。
家に着いてそのことを母に話すと、「そんなことさして!なにやっているの!!」と、父は母に怒られていた。そんな父に、子供ながらに少し悪いなとも思ったことを憶えている。
中学校に入学してからは一緒に滑った記憶がほとんどない。もちろん、北海道内の大会にはついて来てくれたが富良野で一緒に滑ることはなかった。だけど、練習でさぼると怒られるというのは変わらなかった。高校時代にスロヴェニアにスキー留学させてもらったときも、国際電話を通じて「練習さぼるなよ」と言ってくるくらいだった。
大学を卒業し、「アルバイトをしながらでも技術選に挑戦したい」と父に相談したとき、実はものすごい勢いで反対された。両親と3人での家族会議。どうしてもやりたいと言う僕に両親は反対する。とくに父は反対した。どこの親もそうないのかもしれない。自分の息子はいつまでたっても心配なのだ。だが、なかなか納得してくれない父に僕は言った。
「父さんが小さいときにスキーに連れて行ったからだよ!」と。
すると父は納得してくれた。というより、あきらめたようだった。そして、「一所懸命にがんばってやっていれば大丈夫だ、がんばれ」と言ってくれた。今、僕がこうしてスキーに携わって生活できているのも父のおかげだ。スキーというすばらしいスポーツを3歳からやらせてくれた父には本当に感謝している。
にぎやかだった夕食が終わる頃、少し酔っぱらった父がもうすぐ3歳になる僕の息子に「来年はじじと一緒にスキーするか?」と何度も聞いていた。息子は聞かれるたびに、「スキーする!」と元気に答えていた。父はとてもうれしそうだった。
次の日の朝、ガレージの中でスキー道具を探している父の姿を見たとき、久しぶりに父とスキーがしたくなった。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2008年7月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
■ facebook
https://www.facebook.com/井山敬介/
■ instagram
https://www.instagram.com/iyamakeisuke/
■ 井山敬介YouTube チャンネル『ズルtube 』
https://www.youtube.com/channel/