井山 敬介
-Keisuke Iyama-
見えない星
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朝6時起床。家を6時45分に出発。会社までは車で約30分。7時30分、朝礼開始。8時には機材を荷台に積み込み、ダンプカーやトラックに乗って工事現場へ向かう。
大学を卒業後、まだプロスキーヤーへの夢というか、目標を捨てきれずにいた僕は、2001年の春から2006年の秋まで(株)和興という会社で造園の仕事をしていた。雪の多い北海道では造園の仕事は基本的に春から秋だけ。冬になると、あたり一面が雪に覆われるため、とても作業ができる状況ではなくなる。
春から秋だけ造園の仕事をして、冬になると僕のようにスキーやスノーボードのインストラクターに変身する人、リフトの係員になる人、または除雪車やダンプカーに乗って除雪の仕事をする人にというふうに、それぞれがそれぞれの仕事に別れる。そして春になり、街に雪がなくなるとまたみんなが集まってくるのだ。
僕にとって季節労働は都合が良かった。ただ、僕がこの会社で働いていた理由はそれだけではなく、桟敷孝治(さじき こうじ)さんがいたからだった。桟敷さんは元SAJデモンストレーターで元イグザミナー。現在はばんけいスキー学校の校長を務め、教師登録約300名のスタッフをまとめている。
(株)和興では現場監督だった。桟敷さんの仕事は正確で速く、何よりきれいに仕上げる。その仕事ぶりはまさに職人技だ。また、多くの人から慕われ、僕もそのなかのひとりであることは言うまでもない。
(株)和興の仕事は、「造園業」と言っても庭造りだけではなく、一戸建てやマンション、アパートの門や塀、駐車スペースなどの建物の外側の部分をきれいにカッコよくしていく仕事も多い。なのでときには造園屋、ときには大工さん、ときには土方、またあるときは重機やダンプカーの運転手にもなる。
僕にとって記念すべき初めての仕事は塀作りだった。朝礼のときからみんなが専門用語で話していて、何をするのかまったく理解できない。当日、僕はその日の仕事が塀作りだということすら知らなかった。現場に到着し、重機を使っての穴堀りが始まった。塀を作るのに穴堀りかよって感じだったから素人は恐ろしい。黙って立っていると怒鳴られるし、かと言って何をしたらいいのか見当もつかない。自分が惨めに感じたのを今でも憶えている。
そんな僕を笑って見ていた桟敷さんは「ちょっと来い」と僕を呼び、4トンダンプカーの運転の仕方や荷台の上げ下げのやり方など、簡単な操作から教えてくれた。「まずはこのあたりをゆっくり練習のつもりで運転して来い」と言われた。ちょっとおおげさと言われるかもしれないが、まるで迷子になった子供が保護されたような気分だった。これが(株)和興で初めて覚えた仕事だった。
初日からいっぱいいっぱいで、正直一週間も持たないかもしれないと思った。僕が幼い頃に描いていた未来予想図にはこんな姿はなかった。少年時代にも経験をしたことがないくらいに泥だらけになり、埃まみれになって働く毎日。現場では専門用語が飛び交い、何をやってよいのかもわからず、何を作るのかさえわからない。何年たっても先輩たちからは重たい矢のように飛んでくる怒鳴り声……。
技術選でも成績が伸び悩んでいた頃だった。先輩に怒られるたびに「もう辞めよう」という言葉が頭に浮かんだ。
ある日の夜、いつものように落ち込んで会社に戻ると、桟敷さんが星などとても見えない曇り空を見上げ「あっ! 流れ星だ」とお世辞にもおもしろいとは言えないギャグを飛ばした。無理に笑顔を作ろうとしても苦笑いにしかならない。すると桟敷さんは「今は試練だから」と言ってくれた。
そんな場所で気がつけば6年も働いていた。現場も任せてもらうまでになっていた。一週間で辞める予定が6年になったのは、やはりプロスキーヤーへの気持ちと、何より桟敷さんの支えがあったからだった。(株)和興にいる間、桟敷さんは僕にたくさんのことを教えてくれた。人として、男として、言葉では表わすことができない「カッコよさ」を教えてもらった。
昨シーズンが終了し、久しぶりに桟敷さんと食事に行った。少しお酒も入った頃、桟敷さんは「今はお前に何もしてやれてないな」と言った。相変わらずの桟敷さんだった。
僕がつらいときにかけてくれた、「今は試練だから」という言葉。ありきたりだけど僕にとっては特別な言葉だった。食事をご馳走になり帰宅する途中、星を見ながら桟敷さんに恩返しがしたいと強く思った。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2008年9月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
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