井山 敬介
-Keisuke Iyama-
まっ白な、大きな滑り台
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スキー選手を引退したら何をやるの?
という質問をされることが、ここ最近は多くなった気がする。このご時世だからか?僕もそういう歳になったのかはわからないが、そんなときは決まって「引退するときに考えます」と答えている。
期待外れなのか、期待どおりなのかわらないが、僕自身そう答えるしかないので仕方がない。次に聞かれたときにはこう答えてみようかなと思う、「プロ野球選手ですね」と。ものすごくがっかりされそうなのでやめておこう。
全日本スキー技術選手権大会というフィールドのなかで、選手として大会に出場している僕にもやがて“引退”という日がくるのだろう。
井山敬介、現在32歳。40歳でも優勝争いをして、優勝を勝ち取る滑りができると信じてやっている僕には、引退してからのことなんて考えている暇はないし、8年後の姿を今から考えるのもどうかと思う。
次にやって来る3月の姿をイメージすることはできるけれど。
おかげさまでスキーだけで生活ができるようになって4回目の冬を迎えている。夏季のトレーニングでは週1回のペースで、母校である東海大学スキー部の練習に参加させてもらっている。
練習後のクールダウンのときなどは、技術選のことや就職活動のことなど、いろいろ聞いてくれる後輩もいる。
これから卒業して社会人になるのだから進路について不安もたくさんあるのだろう。選手としてアルペンレースを続けたいという後輩もいれば、技術選に興味のある後輩もいる。就職氷河期と言われている時代。
就職すること自体がむずかしいのに、どうやったら社会人になってスキー選手として活動していけるのか? 結果がすべてなのだろうか? 現在の世の中ではきっとそうなのだろう。そして、その結果というのも、その世界でかなりのトップにいなければ無理だろう。
だが、サッカー選手や野球選手のように活躍し、メディアに取り上げられることがすべてなのだろうか。
後輩たちが就職し、スキー選手という立場にピリオドを打たなければならなくなったとき、それと同時に、スキー自体をやらなくなってしまう者もきっといるだろう。
実際に僕の同級生たちにも何人かそういった友人がいる。何だか寂しい気持ちもあるけれど、それが現実なのかもしれない。
スキー業界を活性化させよう!
と数年前から生意気にも格好つけたことを言って、いろいろとやってきた。次の世代にスキーの楽しさを伝えていかなければ自分たちが食べていけなくなる! というような、今思えば何とも自分勝手なことも言っていたことが恥ずかしい。
現在はこう思う。
何よりも大事なのは、純粋にスキーを通じてどれだけの人に感動してもらえるか。元気になってもらえるか。そして、自分たちはどれだけスキーを通じて感動しているのか。元気になっているか。楽しんでいるのか。
「フォ~!」、「イエェ~イ!!」、「ヒァッフォ~」と叫んで滑っているのか。
まだまだ足りないような気がする。自分自身がスキーという最高のスポーツ(遊び)を通じて、どれだけハッピーになれるか。自分にたくさんの拍手を送れるか。
自分自身がスキーを通じてハッピーになれなければ、ほかの人にハッピーを伝えることはできないだろう。後輩たちに、社会人とは? プロスキーヤーとは? と、どんなに決まったセリフをつぶやいたって、なんだかしっくりこない。
先日、「スキー業界を活性化させるためには、やはり世界で活躍する選手が出てこないとダメだ」と言っている人がいた。
どうもサッカーや野球に影響されすぎているような気がしてならない。今、ワールドカップで戦っている選手たちはしっかりと活躍しているし、必死にやっている。
僕たちのできないようなことを一所懸命にやっている。
逆に、何かひとつでも、彼らができないようなことを僕らはできているだろうか。世界で戦っている彼らのように、僕たちは今を、一所懸命やれているのだろうか。
もっと、もっと技術選も盛り上げていきたい。スキーのすばらしさをたくさんの人に伝えていきたい。
先日、10年ぶりにスキーを再開したという、大学時代のスキー部の友人にスキー場で偶然再会した。びっくりしたのと、「スキーやばいわ! 楽しいわ!」と興奮ぎみに言っていた友人を、僕はうれしく思った。
スキーが日本に伝えられて百年。
何かが起こりそうな予感でソワソワしている僕がいる。
スキー選手を引退しても、神様が与えてくれた、まっ白な、大きな滑り台“雪山”を、世界で一番楽しんでいるスキーヤーでいたい。その気持ちはきっとこれからも変わらないだろう。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2011年2月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
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