井山 敬介
-Keisuke Iyama-
言葉以上に伝わるもの
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「今日は俺から離れないで一緒についてこい」。
現在から11年前、僕が初めて出場したアルペンスキー・ワールドカップの公式トレーニングのときに、日本チームのエース・木村公宣さんが言ってくれた言葉だ。
僕は当時、高校3年生。96/97シーズンのスラローム第2戦。会場は、アメリカ・コロラド州にあるブレッケンリッジというところ。海外でのレース経験も少なく、ワールドカップのひとつ下のカテゴリーにあたるヨーロッパカップにも出たことがなかった僕が、ワールドカップという大舞台では右も左もまったくわかるわけがない。残念ながらいっぱいいっぱいの状態だった。
当たり前だが、まわりには雑誌やテレビをとおしてよく見る有名選手たちばかり。フジテレビのアナウンサーやカメラマンなど、メディアの人たちもたくさん来ていた。やっぱりワールドカップってすごいなって思った。ここで結果を出したいなって純粋に思ったが、この大会が僕にとって最初で最後のワールドカップとなった。
一度だけのワールドカップだったが、僕のスキー人生のなかではとても大きな経験になった。それにしても、18歳、そしてワールドカップ初出場で結果を出すレーサーがいたら見てみたい。
先日、富良野木村公宣スキースクールのインストラクターの皆さんと一緒に滑らせてもらう機会があった。僕の中学時代の先輩など顔見知りの人もいて、2日間だけだったがとても良い雰囲気で過ごすことができた。良くしてくれた富良野の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。
楽しく滑ることができて良かったのはもちろんだが、とくに印象に残ったのは、スキースクールの控え室でレッスンを終えた木村さんとインストラクターの人たちが、ワールドカップの映像を観ながら雑談している光景だった。木村さんは、スキーヤーとして同じ目線でほかのインストラクターの人たちと話をしていた。何気なく僕も一緒に観させてもらい会話に入れてもらった。
「このミスは何で? 何が原因だ?」とか「この選手の滑りのここが好きだな〜」など、木村さん自身が解説しているワールドカップで盛り上がった。その画面を観ながら、失礼極まりないが、ふと、木村さんは本当にワールドカップやオリンピックの代表選手だったのかな、なんて思ってしまった。
毎回ワールドカップの映像を観ているけど、こんなに楽しく観ることができたのは初めてだった。アルペンスキーが、ワールドカップが好きで、とにかくスキーが大好きなんだって、その場にいた僕は木村さんから伝わってきたし、このスキースクールの雰囲気がとても良い理由もわかった気がする。日本にこんなスキースクールがあるんだなってうらやましく思うと同時に、あらためて木村さんのすごさを感じた瞬間だった。
2006年発刊の月刊スキージャーナル12月号に、木村さんのインタビュー記事が載っている。そのなかにテレマークスキーでとてもきれいに気持ち良さそうに滑っている連続写真が掲載されている。また「i con 5 treat」では、ふっかふっかのパウダーのなかを楽しそうに滑っているシーンが収められている。
そんな誌面や映像などをとおして伝わってくる木村さんのスキー観に僕はいつも感動し、また一緒に滑ってもらいたいと強く思う。いろいろなスキーをして、たくさんの人たちにスキーのテクニックはもちろん、スキーのすばらしさを自らの滑りで表現している姿に、何よりも説得力を感じる。
レーサー時代には病気やケガから這い上がり、みごとに復活してワールドカップで活躍した姿に、僕自身たくさんの勇気や元気をいただいた。きっと僕だけじゃなくたくさんの人たちが感じていることだろう。一所懸命に滑ること、とにかく地に足をしっかりと着けてチャレンジすることの大切さを、僕は木村さんから感じる。それは言葉以上に伝わってくるものだ。今回、富良野で一緒に過ごさせていただいた時間のなかで、あらためてそう思った。
僕にとっての最初で最後のワールドカップの公式トレーニングで、木村さんが言ってくれた言葉の意味を、僕はわかっているのだろうか?
自身がワールドカップという舞台でトップ争いをしているというのに、初めて出場する高校生の若造に言ってくれた言葉の意味を、僕はわかっているのだろうか?
「今日は俺から離れないで一緒についてこい」。
舞台は違うが、18歳の技術選初出場の選手に同じ言葉をかけることができるだろうか。
● 記事提供=月刊スキージャーナル(2008年3月号掲載)
PROFILE
井山 敬介 -Keisuke Iyama-
1978年 北海道富良野市生まれ
幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして早くから頭角を現わし、札幌第一高校時代にはナショナルチームに所属、ワールドカップに出場するなど、数々の実績を残す。
2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、2007年はみごとに初優勝、そして2008年には連覇。2014年に3度目の優勝を飾る。
現在も技術選でトップ争いを繰り広げるほか、子供たちへの『雪育』活動にも尽力。スキー界の振興に向けて、第一線で活躍を続けている。
全日本ナショナルデモンストレーター、ばんけいスキー学校所属
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